Book Review
Dark Rooms by Nigel Shafran

イギリス出身の写真家、ナイジェル・シャフランは、1980年代後半にヨーガン・テラーやコリーヌ・デイ、デイヴィット・シムズらとともにロンドンの『i-D』、『THE FACE』、『Dazed & Confused』誌などで活躍した写真家の一人である。現在ではファッションフォトグラファーというよりは、ギャラリーや美術館で展示を行う写真家として認知されている。1995年に自費出版したパートナーのルースとの生活を記録した写真集『Ruthbook』は、彼のキャリアのターニングポイントとなっただけでなく、写真家と被写体の関係性を捉えた名作として写真集の歴史にもその名を深く刻んだ。

そして2016年、MACKから自身8冊目となる写真集『Dark Rooms』が出版された。本書は『Ruthbook』や、同じくパートナーを題材に制作された『Ruth on the phone』のようにひとつのシリーズから構成された一冊ではなく、シャフランが2005年から取り組んでいた未出版の5つのシリーズを中心に構成されている。

スーパーのレジのコンベア上を流れる商品を撮影した「Supermarket checkouts」、エスカレーターを降りる人々を横からの目線でとらえた「Paddington escalators」、どこか物悲しさを感じさせる介護用品ショップのシリーズの「Mobility shops」、母親が自宅で制作していた作品を撮影した「Mother’s work」、そして自宅の台所に積み上げられた空の容器を写したシリーズ「Packages」。これらの一見脈絡のないシリーズの要所要所に自宅の風景を差し込みながら、本書は淡々と展開される。本作が過去のものとは異なり、極めて光の少ない場所で撮影された写真を多く採用している点に気がつくであろう。本書の制作中にシャフランは両親を立て続けに亡くしており、その出来事が『Dark Rooms』に大きな影を落としているということは本人も認める通りである。一体その出来事とこれらの5つのシリーズ作品はどのような関係性にあるというのだろうか。 

本書は、2004年に出版されたモノグラフ『Edited Photographs 1992-2004』の続編とみなすことも可能かもしれない。パートナーとの生活や息子の誕生を受けて編まれた『Edited Photographs1992-2004』と、家族の喪失を受けて編まれた『Dark Rooms』。しかし、一見似た体裁をとった2冊の相違はその内容のみにとどまらない。

「シークエンス(順序)」という言葉は、シャフランが自身の作品について語る際に最も頻繁に口にする言葉のひとつである。写真をもとの文脈から抜き取り順序付けることで効果的にみせること、そしてそれを一冊の本で行うこと。それこそが『Ruthbook』での彼の発見であった。本書では、直接的に類似性を指摘するような配置や端的な構成は取っておらず、むしろ各シリーズを独立したものとしても鑑賞できるよう、各シリーズのシークエンスはほとんど崩されていない。ここでは写真単位のシークエンス付けとシリーズ単位のシークエンス付けが同時に行われており、シリーズとしての独立性は保ちつつも、『Dark Rooms』というひとつの新たな作品へと昇華させるという異質かつ大胆ともいえる試みがなされている。

各シリーズの独立性と優位性を保ちつつ編集するモノグラフ的構造と、そこに別の視点を与えることで新たな作品へと昇華する構造。この入れ子構造は、『Dark Rooms』という作品にある種の語りづらさをもたらす。

本書がどのような一冊かを説明する際に「5つの未出版のシリーズを収録した一冊」と言った途端モノグラフの構造にとらわれるし、一度モノグラフという言葉にとらわれたが最後、これがひとつの新しい作品であるとはとらえづらくなってしまう。この構造はこの本から徹底的に一貫した物語性、あるいはドラマ性の排除を行っているのだ。このドラマ性の拒絶はナイジェル・シャフランという写真家が日常に潜む非日常性、我々が享受している日常風景のある種の不気味さ、不格好さを個人的な視点から捉える写真家であり、「日常性」や肩肘を張らない「さりげなさ」が作品において重要な要素であるという点からも当然の帰結として考えられよう。

ここではむしろ喪失を世の定め、生の一部として受け止めた上で前に進もうとする写真家の姿が浮かび上がってくる。いまならば断片的に思えた5つのシリーズにも関連性が見えてこよう。運ばれるということ、進んでいく時間、老いゆく定め、かつてあった存在、役割を失ったモノたち。そこでは淡々と、時と絡み合ったこの世の様が描写されている。

本書の冒頭には小さく、 “For my family, past, and present(家族、過去、そして現在に捧ぐ)” と記されており、そこに未来を表す “future”という言葉は見当たらない。写真家の取り組みとは現在から静止した時間(過去)へと接続することであり、その姿は、シャフランが本作を制作するにあたってのもうひとつの影響源として名を挙げる1946年公開のイギリス映画『A Matter of Life and Death(天国への階段)』で、天国の使者が自在に時を止めて現世へと関与するさまと酷似している。

しかしここで決定的に異なるのは、天界の使者が静止した時間に関与することができるのに対し、我々にはそうすることは許されていないという事実だ。我々に可能なのは、写真という欠片を介して過去へと接続しながら、その中にでもなく未来にでもなく、現在の中にこそ光を見いだすということである。

本書は部屋で眠る息子のレヴの写真と、日常の象徴である自転車の写真で幕を閉じる。シャフランが暗い部屋の中で何を見たのかは、明白であろう。それこそが『Dark Rooms』という作品を包み込む静かな力強さなのであり、彼にとっての写真のあり方なのだ。

突飛な手段を取るわけでもイメージと戯れるわけでもなく、伝統的な構造を用いつつ同時にさらなる昇華を模索した本書は、現代における写真集というメディアの新たな在り方を提示しているのかもしれない。

(Text by Yukihito Kono, contributed for twelvebooks online”, 22nd February 2017)

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