Dublin By Krass Clement

1991年3月。

45歳のクラス・クレメントはアイルランドモナハン州、アナメーガーアグに滞在していた。村の文化施設、The Tyrone Guthrie Center1)1981年、William Tyrone Guthrieにより設立。現在までに受け入れたアーティストの数は数千人もに及ぶ。はアーティスト向けにレジデンスプログラムを設けており、クレメントはレジデンスアーティストとして住み込みで制作を行っていた。

ある晩のこと、彼は部屋を後に隣村のドラムへふらふらと出かけて行った。ドラムは人工200人未満の小さな村で、アイルランドで唯一プロテスタント信者が多数を占めることで知られている。

週末になるとドラムの村人たちが集るパブ、Anderson’sへと入ったクレメントは酒を飲みつつカメラを構え、最終的に約3本半分のフィルム(それと5杯分のギネスビール)を消費して客たちの姿を静かに撮影した。

©Krass Clement, from the series “Drum”

©Krass Clement, from the series “Drum”

この一夜の写真は5年後の1996年に『Drum』というタイトルの写真集として出版され、今日では人間の内面までをも捉えたドキュメンタリーの名作として、あるいは写真集の歴史上最も重要な作品のひとつとして高く評価されている。

しかしクレメントがレジデンスプログラム中に制作したのは『Drum』だけではない。クレメントは同じ月にモナハン州から車で2時間ほどの距離に位置するダブリンを3度に渡り訪れ撮影を行っていた。2)出版社のウェブサイト上には3月と記載されているが、写真集にはFebruary / Marchと記載されている。

今回出版された写真集『Dublin』はそれらの未出版写真をまとめたものであり、アイルランド時代のクレメントを物語る新たな重要作だ。

Spread from the series “Dublin”

白黒フィルムで撮影されたダブリンの街とその市民たち。舞台はドラムという小さな村からダブリンという一国の首都へと移ったが、クレメントの何かを求め彷徨うかのような視線は変わらない。

人気のない街並みや空っぽの道路、道行く人々、建造物、子供達、物乞い。クレメントがダブリンで見かけた人々と景色は白黒の映像となりページとともに流れていく。

彼の目線は決して機械的ではない。外部の人間としての疎外感を感じさせながらも被写体への親しみのようなものも感じさせる。あるいは時折被写体がレンズへと向ける視線がそう思わせるのかもしれない。

Spread from the series “Dublin”

ひと月のうちに3度もダブリンを訪ねたということはその街に対して何か思うところがあったのだろうか。少なくともクレメントにはダブリンという街を客観的に描写しようという意図はなかったように思われる。どちらかといえばこの作品もまた『Drum』のような主観的/自叙伝的作品に分類されるだろう。

同じく主観的なドキュメンタリーの名作といえば、ロバート・フランクの『The Americans』が真っ先に脳裏に浮かぶ。スイス人であるフランクは1955年から56年にかけて、グッゲンハイム財団の奨学金を受けてアメリカを撮影してまわった。期間や規模は違えど彼もまた異邦人として主観的な目線からドキュメントを行い、旅の成果を一冊の写真集にまとめた。3)フランクは47年にアメリカに移住しているが、急速な成長を遂げるアメリカに対して次第に疑念を抱き始めた。その点においてフランクの試みは異邦人として、あるいは新参者として社会を捉え直すものであったと言える。

両者とも本という形態での写真の見せ方に自覚的であり、卓越した構成力によって制作された写真集はまるで一編の映画のようである。

Spread of the book “The Americans” by Robert Frank

『Dublin』は自分が外部からやってきた旅人であること強調するかのように、廃墟と化したガソリンスタンドに駐めた車、そして車内から撮影した写真で幕をあける。4)車のイメージは部外者としてのクレメントの立場を示唆しつつ、もう一人の部外者である読者を物語に誘うための装置として機能している。

巧みな写真配置と編集はまるで本作が一度に撮影されたかのような印象を与え、いつしか読者の目線とクレメントの目線は重なっていく。私たちはまるで自身がカメラを持ってダブリンを歩いているかのような錯覚に襲われる。

改めて言葉にする必要はないほど歴然としているが、我々がここで目にするのは「クレメントが見た」ダブリンの街である。フランクの『The Americans』が主観的でありながらも社会的ドキュメンタリーに根ざしているのに対し、クレメントの『Dublin』は主観的な「体験」に比重が置かれている。

Spread from the series “Dublin”

クレメントは『Drum』を撮影した一夜を振り返り、その晩は他者を撮影しつつもまるでセルフポートレートを撮っているかのようであったと語っている。5)https://www.youtube.com/watch?v=y64vf-NA5G0

彼がダブリンでファインダーの向こう側に見ていたのも、異国の街中に、人気のない路上に、そして他者の中に垣間見える自身の姿だったのかもしれない。

本作は極めて主観的なダブリンの体験記であり、同時に『Drum』と対をなす45歳のクレメントの肖像なのだ。


©Krass Clement, from the series “Drum” and “Dublin”

余談だが、偶然にも今晩『Drum』の刊行25周年を記念したプログラムのため、クレメントが再びAnderson’sを訪れるそうだ。6)http://dnote.website/?dnote=drum-portrait-village/25年が経った今、彼はその場所に何を見るのだろうか。

歴史的評価に伴う価格高騰のため手に入れることが難しくなった『Drum』だが、その復刊の日もそう遠くはないだろう。

そして本書もその頃には、作家のアイルランド時代のもうひとつの名作として広く知られているに違いないと私は確信している。

17/11/2017

Shop “Dublin” by Krass Clement

References   [ + ]

1. 1981年、William Tyrone Guthrieにより設立。現在までに受け入れたアーティストの数は数千人もに及ぶ。
2. 出版社のウェブサイト上には3月と記載されているが、写真集にはFebruary / Marchと記載されている。
3. フランクは47年にアメリカに移住しているが、急速な成長を遂げるアメリカに対して次第に疑念を抱き始めた。その点においてフランクの試みは異邦人として、あるいは新参者として社会を捉え直すものであったと言える。
4. 車のイメージは部外者としてのクレメントの立場を示唆しつつ、もう一人の部外者である読者を物語に誘うための装置として機能している。
5. https://www.youtube.com/watch?v=y64vf-NA5G0
6. http://dnote.website/?dnote=drum-portrait-village/