Book Review
POSTURING by Holly Hay & Shonagh Marshall

ロンドンを拠点に「Wallpaper* Magazine」等でフォトディレクターを務めるホーリー・ヘイ(Holly Hay)と、同じくロンドンでファッションキュレーターとして活動するショナ・マーシャル(Shonagh Marshall)は、それぞれが行う仕事の中、そして対話を重ねる中で、近年のファッション写真におけるある傾向を見出した。ヘイとマーシャルは2000年代のファッション写真やファッションのイメージでは、著名人たちが主導するむき出しの消費者主義に基づいた、極端に性を強調した身体の見せ方が中心的であったのに対し、2010年以降ではそのような消費的理想像を拒絶するかのようにシュールなポージングで身体表現を行う、新しい美学的特徴が見受けられると指摘する。そのような美学と身体へのアプローチに関する近年の動向は「Posturing」と名付けられ、二人の対話は展示、映像作品、そして作品集という3部構成の協働プロジェクトへと発展した。(*註1)その最終章に当たる本書では、Posturingムーブメントの中で最も重要な若手写真家、スタイリスト、プロップスタイリスト、そして編集者たちのエディトリアル作品が再編され、彼らのインタビューと併せて収録されている。

本書序文において二人は、Posturingムーブメントの形成におけるふたつの大きな流れを指摘する。その中心となるのは、2014年に立ち上げられたファッションブランド、ヴェトモン(Vetements)や現バレンシアガ(Balanciaga)を手がけるデザイナーのデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)と、スタイリストのロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)がもたらした流れである。彼らの生み出すファッションイメージは衣服に関する伝統的なアイディアやキャスティング、ブランドイメージ、そしてファッションにとって身体が、あるいは身体にとってファッションがどのような意味を持つのかということを最文脈化しており、本書は主にその変化の記録であるとさえ述べている。

もう一方のルーツとして彼らが名を挙げるのは、マーク・ボスウィック(Mark Borthwick)やヨーガン・テラー(Juergen Teller)、ヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen)ら、主に90年代から10年代初頭にかけてアートとファッションの両方のフィールドで活躍してきた写真家たちの名前だ。「彼らの写真の中で纏われた衣服はそれ単体でストーリーを物語ることが可能であり、イメージは物語にも静物にも変化する。そして彼らの作品はモデルを単なる物干しから人格を伴ったキャラクターへ、そして身体を小道具から詳細な描画を伴うプロットへと変容させた。」(*註2)Posturingムーブメントにはそのような身体のとらえ方の影響が見られ、洋服と身体は手を取り合い踊るかのように相互作用していると解説する。

以上のような文脈のもとに誕生したムーブメントを解析する中で、二人はある疑問を抱く。「一体現代ファッション写真はなんのために存在するのだろうか?」そしてファッション写真が同時代性と先見性の両方を兼ね備え、いつの時代も単なるイメージ以上のものであったのかもしれないと指摘した上で、以下のように序文を締めくくっている。「Posturingの写真は、ファッション写真が人種、年代、ジェンダー、政治、さらには国際産業の経済についての新しい考え方を覗き見るためのレンズである、という点をよりはっきりとさせている。彼らはファッションが何を意味するのかということを理解するための新たな手段をもたらし、またそうすることで、我々がこれからどこへ向かうのかということを再検討する機会を与えてくれるのだ。」(*註3)

確かに彼らが主張する通り、Posturingムーブメントは単なる写真的美学以上の読解可能性を内包しているようだ。しかしながら、ファッション写真、あるいはファッションは元来多角的な語り方が可能な分野であり、それ自体は新鮮な主張ではない。また、何故これまで以上に社会分析が可能になるのかという点についても本書では明確に提示されていない。いくら世界的に知られたファッション誌上のエディトリアルといえども、特定のスタイルやデザイナーを好む層に限定して分析を行うことは、果たして彼らが述べるように来るべき社会の姿を、そしてこれからの私たちが向かう先を予見する行為なのだろうのか。

服飾に関する学問的探求は1860年頃に現れ、例えば社会学や心理学、経済学、言語学、あるいは現象学など、今日まであらゆる視点から研究と分析が行われてきた。 (*註4)それはファッションが製造やデザイン、販売、消費活動、ライフスタイル、美的価値観といった要因とは切り離せないハイブリッドな主題(レオポルド 1992/*註5) だからであり、社会学者のジョアン・エントウィスル(Joanne Entwistle)は、ファッションとはある種のスタイルの衣服の製造や供給のみならず、マーケティングや小売、さらには文化的プロセスをも含むシステムなのだと指摘している。(*註6) そしてそのシステムの中にファッション写真も含まれるということは疑いようがない。

ファッションとはこのように領域横断的な分野であり、そのあまりにも広大な領域を横断しながらムーブメントをとらえようとしても、紙面が足りない上に論点を見失う恐れがある。そのため二人はあくまでシステムの一部である「ファッション写真」という領域、そしてその領域内で行われている「身体へのアプローチ」に着目し、議論の出発点とすることを目的にPosturingというプロジェクトに取り組んだ。

彼らはまず、現代ファッション写真においては写真家以外のアーティストたちがこれまで以上にその存在感と作家性を増しているという点を指摘する。本誌に収録されたインタビューに目を通せば、現場において制作の主導権は写真家からスタイリストへ、またある時はエディターからプロップスタイリストへと次々と移動していることは一目瞭然であり、さらにそこに雑誌という文脈や企業、デザイナー、ファッション業界、そして国際産業など、数え切れないほどの要素が加わることは先程確認した通りだ。以上の事実はファッション写真が複雑なプロセスや要素を内包した分野であり、写真史や美学的、記号的特徴だけを羅列することが現代ファッション写真の解析にはなり得ないことを示唆している。もはやファッション写真は写真のカテゴリーのひとつでありながら、シャッターボタンを押す人間だけに特権的な領域ではないのかもしれない。

そして身体へのアプローチについて、Posturingムーブメントは2000年代の身体表現とは対照的な美学的特徴を持つことはすでに確認した。しかしさらに注目すべきは、ここでムーブメントとして扱われているほぼすべての写真が、女性の身体表現を対象にしているという点ではないだろうか。なぜ女性ファッション誌において、そして女性たちの身体を題材にこのような表現が生まれ、ムーブメントとして発展したのか。男性のファッション写真においても身体をテーマにした表現は行われてきたが、現在Posturingのような形で発展しているムーブメントは見受けられない。このシンプルな疑問はファッション写真とファッション・システム、ファッション・システムと身体、そして身体とファッション写真を繋ぐ鍵となるのではないだろうか。

一体現代ファッション写真はなんのために存在するのか。ヘイとマーシャルが指摘したように、なぜPosturingのような、ある意味非広告的ともいえるイメージが挙って採用されるのか。ファッション写真を介して多くの疑問が浮かび上がる。当プロジェクトではポージングの記号的分析や美学の体系化よりも、現代ファッション写真の複雑さ、そしてファッション・システムに絡め取られながらも、それらと自在に戯れるアーティストたちの姿を目にすることができる。有名誌からインディペンデント誌まで、彼らはそのシステムを逆手にとることで、より強烈で効果的な表現を行っている。

写真を中心に扱ったものとしては、ファッション写真以外の現代写真の言及に少々物足りなさを感じるが、極めて同時代的な現象を総括し、今日のファッション写真が美学的な組み合わせや単一の文脈からは語り得ないことを改めて提示した点は評価されるべきであろう。本書をきっかけにさまざまな議論が始まることを期待する。ファッション写真に興味がある方も現代写真に興味がある方も、ムーブメントを肌で感じられるいまのうちにぜひ読まれたい。

*註1:2017年11月2日から12日にかけて、ロンドンで企画展『Posturing: Photographing the Body in Fashion』が開催された。展示では制作の過程、そして作品が共同製作のものであるという点に注意を払うため、スタイリング、キャスティング、ヘアー&メイク、セットデザイン、ロケーション、レイアウトという6つの部門に細分化された。続く2017年度のアート・バーゼル・マイアミビーチでは、写真家でありアーティストのココ・キャプテン(Coco Captain)による撮り下ろしショートフィルム『Learning to Transcend the Physical Body』が、デジタルマガジン「NOWNESS」によってプレミア上映が行われている。

*註2:Hay, Holly and Marshall, Shonagh ed. [2018] POSTURING, SPBH Editions. p.9.

*註3:Hay, Holly and Marshall, Shonagh ed. op.cit, p.9.

*註4:ロラン・バルト(山田登世子訳)「衣服の歴史と社会学 幾つかの方法論的考察」(山田登世子編『ロラン・バルト モード論集』ちくま学芸文庫、2016年、第2版、p.59)。

*註5:Leopold, E. (1992) ‘The Manufacture of The Fashion System’ in J. Ash and E. Wilson (eds), Chic Thrills. London: Pandora.

*註6:Entwistle, Joanne. (2000) The Fashioned Body: Fashion, Dress and Modern Social Theory, Polity Press. ジョアン・エントウィスル(鈴木信雄訳)『ファッションと身体』(日本経済評論社、2005)p.71.

15 August, 2018

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